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古書往来
51.木下夕爾と『春燈』の人たち

今まで夕爾氏関係の割に珍しい(?)と思われる二冊の本を紹介してきたが、もう少し退屈な文章におつきあい願いたい。
今年の初春、神戸サンボーホールでの古本展に出かけ、「街の草」さんのコーナーを見ていたら、九冊括りの『春燈』が目に止った。私は俳句にうとく、それまで『春燈』の存在さえ知らなかったのだが、前述の二冊から、これが夕爾氏と関係の深い雑誌であることがぼんやりと頭に刻印されていたからである。それに値段を見ると、一冊あたり400円位でお得である。しかし広い会場で、少しは他の単行本も買いたく、予算は少ないので、迷った末に断念して買わずに帰った。けれど、どうも心残りがして、数日後「街の草」さんにFaxで尋ねてみると、まだ残っているとのお答え。私は喜んで早速送っていただいた。9冊の内訳は昭和23年分2冊、24年分7冊である。表紙にも風情があり、二冊は梅原龍三郎の中国陶器風の皿模様、三冊は宮田重雄の紋様をバックに動物をあしらった絵で、いずれも版画をのせたような趣きがある。他の表紙もルノアールやゴッホのスケッチを使っている。

「春燈」表紙
「春燈」表紙

さて、私は俳句にさほど興味がないので、内容はあまり期待していなかったのだが、目次を見ると、俳句関係の文章や作品だけではなく、随筆にも見るべきものが多いのに驚いた。久保田万太郎主宰、安住敦編集の人脈の広さからか、多彩な顔ぶれの人たちが執筆している。例えば、あの山本夏彦氏の「日常茶飯事」もここに連載していたし、秦豊吉も「昭和の名人会」を連載している。他に徳川夢声、富永次郎、永瀬清子や、私がかつて紹介した詩人の江口榛一も万太郎俳句の魅力について書いている。
全体を眺めて気づいたのは、外国文学者の寄稿が多いことだ。名前をあげると、村上菊一郎(仏文学)那須辰造(仏文学)成瀬無極(独文学)吹田順助(独文学)らで、雑誌全体にモダンな印象を受けるのはそのためだろうか。その一人、吹田順助は随筆の他に「駒鳥」という短い私小説を載せている。太平洋戦争末期にサイゴン方面で亡くなった、性格のいい二男のことを回想したもので、戦争への憤りと息子への哀切な想いが伝わってくる。この吹田氏は文才が豊かな学者で、自伝的長篇エッセイ『旅人の夜の歌』なども遺している。

また、夕爾氏と交流のあった岩佐東一郎氏もこの雑誌に肩入れしていたとみえ、「俳人露月の伝記」という題で、福田清人氏の新刊を書評しているし、「羅漢まわし座談会」(安藤鶴夫、川上澄世、高橋邦太郎、徳川夢声、十和田操、那須辰造、村上菊一郎)の司会も担当している。これは尻取り文句で、岩佐氏が「ほたる」……「留守居」……「いちご」というふうに次々テーマを掲げ、それについて随筆的に話を続けてゆくもので、話題豊富な面々が自分の面白い経験談を披露してゆき、途中、十和田氏の脱線気味の長談義に会ってぼやき焦りながらも、最後は「めがね」……「寝顔(ねがほ)」のテーマで終らせ、「ほ」が最初の「ほたる」へと一順するという趣向がお見事。さすが、粋で軽妙な茶煙亭主人、岩佐氏の名司会ぶりである!

今回、私がとりわけ興味深く読んだ随筆が、仁村美津夫という未知の人が書いた「暗号員」である。
要約すると、文学もやっている新聞記者である仁村氏が、梅崎春生の「桜島」を読んで、自分も同じ暗号員として経験した悲惨な海軍での生活を痛いほど思い出させられる。三ヶ月間のにわか講習を受けて横須賀鎮守府内の通信隊に同僚十名程とともに配属されたが、そこで毎日のように残酷な体罰を受けつづけたという。氏はその作品から、宮内寒弥氏や倉崎嘉一氏(若くして死んだ未知の作家)、それに詩人、大木実氏も暗号員勤務だったことを知る。仕事の関係で彼ら(大木氏を除いて)と知合い、梅崎氏の提案で、元暗号員だけのカストリを飲んで語る「四人会」を結成し、氏も二回目の忘年会に参加する。その折に氏が話した後日譚にはぎょっとする。終戦の翌年、日本橋の白木屋内にあった鎌倉文庫を氏が訪ねたとき、受付にいた品の良い美男子型の青年を見るや、アッと突然思い出した。その男こそ、まぎれもなく、氏がいた横須賀通信隊の下士官で、班長だった人物なのである。実はある日、同じ隊の一等兵の財布が盗まれ、身体検査と称して、この男や兵長から同期の五人があらゆる拷問を受けたのだ。その折の経験を印し、「そのとき受けた拷問を僕は終生忘れないだらう。」と書いている。何ともすさまじい体験だ。氏はその場で彼を面詰することなく帰ったが、夜は拷問の夢を見てうなされたという。周知のように、鎌倉文庫は戦後すぐ、川端康成や久米正雄、高見順らが創めた出版社だが、こういう大インテリが集まった所にも、軍隊帰りの下士官がもぐりこんでいたとは! 暴力(感情の産物)と知性とは全く別物であることがこのエピソードでもよく示されている。
これを読み、私は少し前に、図書館からコピーして送ってもらった、神戸の詩人、中野繁雄の短篇「暗い驟雨」(出所失念)を思い出した。これも戦争末期、シュールレアリズム詩を書いていた主人公が突然理由もなく検挙され(神戸詩人事件が背景にある)、特高主任から足が不自由になるほどの拷問まがいの激しい取り調べを受けるが、終戦後釈放され、古本屋を始める。ある日、春本を探しにやってきた、人を威圧する声の図太い男が、まさにその元特高で、主人公は過去の忌わしい出来事を思い出す、といったストーリーである。戦後しばらく、このような戦争中の元、上官と部下といった複雑な一触即発の再会の風景が日本のあちこちで見られたことだろう。

さらに、その忘年会の二次会では、ジャーナリストの溜り場のカストリ屋へ流れ込み、新田潤や西村孝次、湯浅克衛氏らと合流する。そこで文壇随一の踊り手、新田潤のダンス談義を拝聴し、実地指導を仰ごうと皆でダンスホールへ繰り出したが、いつのまにか新田大先生らはどこかへ姿を消してしまった。二重廻しで下駄ばきの梅崎兵曹はまだダンスホールをのぞいたことがなく、退場をお願いされる。梅崎氏はこの当夜のことを短篇に書いたという。私が連載で書いた新田潤も登場するしで、後半は打って変って愉快な随筆であった。

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