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古書往来
51.木下夕爾と『春燈』の人たち

『春燈』を読んだもう一つの収穫もぜひ記しておきたい。
それは未知の俳人で詩人、独文学者でもあった高橋鏡太郎氏の数篇のエッセイに接することができたことである。例えば、「信濃日記」では、戦争中、東京の家を焼け出されて信州に疎開していた頃の読書日記 ─ 外国文学が多い ─ を身近な自然描写とともにしっとりとした筆で綴っている。また、自分が身に着けているベレー帽やマドロス・パイプが戦後のあさはかな流行に乗ったものではなく、戦争中から内面的欲求に従って続けているスタイルであることを弁明した「スタイル談義」も面白い。と、ここで私はハタと思い出した。この人はどこかで見たことがある名前だと。そうだ! 以前、ギャラリー・ヒロオカで偶然見つけて手に入れた『帖面』()─ 出版もしていた東京の印刷会社、蓬莱屋の別会社である帖面舎が出していたユニークなPR誌(画家、麻生三郎が毎号表紙を描く)─ 十数冊のうちに、たしか高橋鏡太郎追悼特集号があったはずだと……。そこで急いで『帖面』を探し出してみると、21号(昭和40年7月号)にたしかにあった!(私の鈍い頭もたまには冴えることがあるらしい。)

 この雑誌については、すでに矢部登氏や林哲夫氏が紹介しているので詳細は省く。

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「帖面」表紙

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高橋鏡太郎

冒頭には、昭和28年に新宿「ボルガ」にて写したという帽子をかぶった高橋氏の人なつこそうな笑顔の写真がある。本文は、まず山岸外史と牧暎という詩人が短い追悼エッセイを寄せており、他は氏の詩14篇が収録されている。私は急いで読んでみたが、どれも平易な格調高いことばで、貧しい生活の中、妻やわが子、自然などを優しい心情で唱ったものばかりで、たちまち魅了された。せっかくの機会なので、最初の作品だけ、引用させていただこう。

  もう一度

いいなあ 雑草(あらくさ)は
ああやって 風にそよいでゐる
おれも もういちど
ああやって 生れてきたい
ああ 風にふかれて ──

『帖面』の後記によれば、氏は「徒食と暴飲の果ていたましい事故死をとげてしまった」が「この詩人の稀な幸福は生前戦後に汎って多くの良き友人知己に恵まれていた事であろう。」とある。氏は上林暁の「諷詠詩人」吉屋信子の「月から落ちた男」に描かれているともいう。そうだったのか。前者は以前、読んだ気もするが、今、どうも内容を思い出せない。どちらも探してぜひ読んでみたいものだ。

最後に、肝心の、『春燈』に表れる夕爾氏のことにもふれねばならない。随筆の方は見られなかったが、うれしかったのは万太郎に高く評価されたという氏の初期の句が、入手したうちの三冊の「春燈雑詠」の巻頭に見出せたことである。この中に句碑にもなった「家々や菜の花いろの灯をともし」も含まれていた。又23年4月号を見ると、編集人の安住敦氏が「柿ノ木坂雑筆2」で、句作上の好(強)敵手として、木下夕爾と高橋鏡太郎(!)をあげ、とくに前者について「およそ俳句をたしなむ詩人は多いが、その大部分は文字通りたしなみ程度で本物ではない。」ところが夕爾氏の場合、「彼は、詩をつくるときと俳句をつくるときと態度を異にしない。彼の俳句には彼の詩人としてのすぐれた資質が十分うち出されている」と礼讃している。ここでは安住氏が掲げた夕爾氏の七句から私の好みで三句を選んで再び引用しておこう。安住氏は、夕爾氏の全句集も編集している。

麦の芽の鏡にうつる家居かな
紫蘇の葉に秋風匂ひそめにけり
牧柵を越えてあまたの秋の蝶

(追記)
私は、高橋鏡太郎のことをもっと知りたくなり、日曜日、近くの千里中央図書館へ出かけた。しかし、いつも参照する『大事典』には立項されておらず、がっかりした。あきらめかけたとき、ふと目に止った『現代俳句大事典』の編者の一人に安住敦氏が入っていたので、念のためにと取り出し、のぞいてみると、出ていました! これによると、氏は大正7年、東京、早稲田に生れ、昭和6年、大阪の高津中学を卒業後、しばらく佐藤春夫宅で書生をしていた。昭和15年頃から安住敦と親交を結び、『春燈』創刊後、編集に協力した、とある。どおりで、いろいろ書いていたのもうなづける。著書に『リルケ評伝』『高橋鏡太郎の俳句』(昭41、『帖面』増刊)句集『空蝉』(昭15、岩佐東一郎刊、風流豆本)などがある。昭和37年、事故のため49歳で亡くなっている。詩集に詳しい「街の草」さんにお尋ねしたところ、詩集はどうも出ていないらしい。とすれば、『帖面』の追悼特集は貴重な作品集だ。
項目の最後に高橋氏の俳句、二句が紹介されていたので、再引用をお許し願おう。

干菜吊るまこと信濃の空高く
越後から屋根葺きの来て秋風に

どちらも、のどかな風景があざやかに目に浮ぶような作品である。高橋氏の句集も読みたいものだ。
なお、『春燈』は昭和21年2月創刊。昭和38年5月、万太郎死去のあとも、安住敦が引き継ぎ、長く主宰している。(安住氏死去のあと現在も続いているようだ。長命の俳誌である。)

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