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古書往来
50.三国一朗の戯曲と青木書店のこと

さて、今回、メインに紹介したいのは、放送タレントとして活躍した故・三国一朗氏の若き日の意外な作品や仕事のことである。といっても、私はそれほど詳しく放送タレントとしての三国氏を見ていたわけではなく、『ひょっこりひょうたん島』の老人役の声や『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』中のとぼけた大学教授役、それに『私の昭和史』の名司会者としての氏などを思い出す程度なのだが……。漱石原作のTVドラマ「新坊ちゃん」にも、校長役で出ていたのではなかったか。

二月に開かれた天神さんの古本展の均一コーナーに、『劇作』(白水社版〜世界文学社版)がかなりの数並んでいたので、その数冊を引き出して表紙にある目次を眺めていたら、その一冊の1950年1月号(世界文学社)に載っている、戯曲「厨房」(四幕)三国一朗、という文字が目に飛び込んできた。「えっ? あの三国一朗が戯曲を?」と驚き、意外に思ったので、他の三島由紀夫の随想が載っている号とともに買っておいた。

「劇作」表紙
「劇作」表紙

ただ、帰ってからも「同姓同名の人かもしれんなあ」と今ひとつ確信がもてないでいたが、これといって調べる手立てがない。たまたま、現在手がけている林哲夫氏の近刊の古本エッセイ集(白水社刊)の仕事の件で、林氏に電話した折、ついでに尋ねてみた。氏はその場で得意のインターネットで検索して下さり、三国一朗の年譜をすぐに引っぱり出し、確かにそれが年譜にもある、と証言して下さった。(有難や。持つべきものは書友であります!)


その情報や文庫本の略歴によれば、三国氏は大正10年、名古屋に生れ、旧制八高を卒業。昭和16年、東大文学部社会学科に入学。昭和18年、繰り上げ卒業し、翌年出征。旧満州、樺太を経て帰還。昭和21年、演劇文化社『劇場』の編集部員になっている。昭和22年から、脚本家、久板栄二郎の通い助手となる。そして昭和24年「厨房」を発表する。昭和26年には、朝日麦酒営業部に広告担当として入社、PR雑誌『ほろにが通信』の編集発行人(昭25〜30)となっているので、編集者の経験もあった人なのだ。同年、『悲劇喜劇』(早川書房)3月号に戯曲「秩序ある庭」も発表しているが、こちらは残念ながら未見である。放送タレントとして歩み出すのは、昭和27年、勤めながら、ラジオ東京の「イングリッシュ・アワー」にアメリカ人のDJとともに出演し始めたのがきっかけになっている。

さて、「厨房」を早速読んでみたが、新人とは思えない、しっかりした読ませる脚本である。せっかくの機会なので、ごく簡単にあらすじを紹介しておこう。(台詞が生命なので、あまり意味ないかもしれないが。)

時は昭和23年秋から翌年初めにかけてで、東京の或る屋敷町の焼跡に建つ「ホテル・イベリア」ロビーが舞台。戦争の傷跡を各々複雑に抱えた人々が登場する。ホテルは、満州から引揚げてきた門野が経営しており、その姪にあたる三千代(27歳)が手伝っている。三千代は空襲で母を亡くし、自身も肺炎になり、恋人だった生方にそれを告げずに別れ、二年間サナトリウムで療養していた過去をもつ。ホテルの料理人、安田は妻が妊娠中の身で彼女にしつこく言い寄る、ずうずうしい男だ。そこへ、昔満州で門野の父と自分の父が商売で関係があり、今は商用の泊り客である国際商事の社長、黄川の部下となっている生方が偶然現れ、三千代と再会し、再び逢瀬を重ねるようになる。しかし、「イベリア」の経営は危機状態のため、門野は黄川に出資を頼んで援助を求めるが断られ、門野は他の仕事を求めてホテルを出、三千代も結局、黄川の世話になって辛うじてホテルを維持する。生方とはプラトニックなつきあいだったが、彼の純な心を印す昔の「日記」を心の支えにして、未だに忘れられない。三千代にとっては身体の回復が同時に性の目覚めを伴っており、そんな自分の身体がいとわしく思われる。一年後の雪の降る夜、生方が現れ、自分も今は黄川の妾の情を受けている人間だとありのままを告白し、去る。しかし、三千代は、泊り客で戦犯の夫の死の宣告を待っている婦人に励まされ、決心して生方の後を追ってホテルを飛び出してゆく……。

トラウマをもつ若い女性の心と性の相克を巧みに表現しているセリフが印象に残る。同号で師匠の久板栄二郎は「この作には、戦争をくぐって来たものの、そして戦後のただれた世相の中へ裸身のまま放り出されたものの苦悶や、夢や、訴えや、歔欷が深くにじみ出ている。それが割合シッカリした構成の中にみずみずしいタッチで表現されている。」と評している。
三国氏の二つの脚本は上演されたのだろうか。もし上演されて評判を呼んでおれば、脚本家の道も開かれていたかもしれない。人生は分らないものだ。

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