4.めはりより100分の1怖い(※注)

「なんでそんなことするの?」

「僕がドンくさいから?」「ちが〜う」
「僕が皆の言うことを聞かないから?」「ちが〜う」
「机の中が汚いから?」「ちが〜う」
「忘れ物が多いから?」「ちが〜う」
「なんでやのん?」「ちが〜う」


正解を決めるのはクラス全員で、僕の答えが正解することはない。いじめられる理由は何でもありだから、何をしてもしなくても、どこからでも責められるから、僕は一生懸命武装する。できるだけ、皆と同じように振る舞おうとする。目立たないように、目立ち過ぎないように、でも後れを取らないように……。

その日も僕はいじめられていた。工作室で両足を捕まれ、腹筋をやらされてた。「ちゃんと腹筋鍛えないと、頭の後ろに彫刻刀があるぞ!」クラス委員長のあいつが言った。僕は必死で腹筋に力を入れた。でも姿勢を保てなくて、頭が後ろに傾いた。ザクっと後頭部で髪の毛の切れる音がして、たら〜と暖かいものが流れ落ちる感触がした。慌てて起き上がって後ろ頭に手をやると、手が血で真っ赤に染まった。


その日の記憶は、30年以上たった今も時折甦る。鮮明なヴィジュアル記憶……圧倒的な印象と、その時死の深淵をのぞいたのだと悟った瞬間の、ゾッと全身を駆け抜ける吐きそうな悪寒。「昔いじめられた記憶が忘れられず、いつか殺してやろうと思っていた……」と、何十年も前のいじめを理由に事件を起こす者がいる。傍から聞いていると、「そんなバカなことが……」とか、「いつまでも執念深い……」とか思うかも知れないが、実は無理もないことなのだ。トラウマは被害者にとって決して薄れることのない反復記憶で、加害者にとっては取るに足らない忘却されるべき日常の一コマだから……。

それでも僕は思う。そんな僕が言うのだから、耳を傾けて欲しい。情けなくて悔しくて、恨み骨髄、金輪際許すまじと思うだろうが、それでもやっぱり言いたいのだ。いじめなんかで殺すな、死ぬな! いじられても、いじめられても、泣いたら負けよ、あっぷっぷっ……てね。

木堂椎著 青春文学大賞受賞作『りはめより100倍恐ろしい』より。タイトルは、いじ「り」は、いじ「め」より100倍恐ろしい、が原義。