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古書往来
43.PR誌の黄金時代を振り返る
─ 『嗜好』『真珠』から『放送朝日』『エナジー』まで

さて、よい機会なので、私が昨年、天神さんや四天王寺の古本祭で数冊見つけ、気に入っているPR誌も紹介しておこう。
それは、近畿日本鉄道宣伝課が出していた超縦長判の(以前、連載で紹介した『創元』よりも縦が1cmのみ短い)『真珠』で、本文30頁の冊子である。私が入手できたのは33号(昭35、1月号)から42号(昭37、4月号)までの内の、わずか5冊にすぎない。表紙は毎号、石川滋彦氏による、沿線各地の風景をラフな明るい水彩で描いたいかにも南国的な画が使われ、旅情をそそられる。

「真珠」表紙
「真珠」表紙

本文中の写真は入江泰吉、入江宏太郎。奥付に、編集発行、平井勇とある。本文は全国的にも著名な文学者や文化人が毎号10〜12人位、沿線各地にまつわるエッセイを三段組みで2〜3頁ずつ綴っている、楽しい読み物だ。例えば、浜田広介、深田久弥、寿岳文章、中村直勝、足立巻一、家永三郎、佐佐木信綱といった人々が書いている。タイトル横の著者名がすべて自筆のサインなのも興味深い。
詩人の安西冬衛が「沿線処々春」を42号に書いているが、その中で吉野川を鉄橋一つで渡った「下市」という町の土俗的な風格について語っており、その土地の精神記号を、けものと人間の取引場、原始と文明の接合点として捉えるという、いかにもモダニズム詩人らしい文体のエッセイを寄せている。また、33号には松本清張が「大和路の道」を書いている。「私が、九州から奈良地方をはじめて訪れたのは、三十才をすぎてからだった。」と書き出し、「たいていの人は、和辻さんの『古寺巡礼』から入っていくらしいが、私の場合は、当時の飛鳥園というところから発行していた『日本美術史資料』という写真集から興味を覚えたようである。」と続けている。そして、太平洋戦争が始まってから初めて奈良へ行った話や、終戦直後、二度目にリュックを背負って奈良を訪れて歩き、高畑の通りや新薬師寺から春日神社へ抜ける道、薬師寺から唐招提寺への道などが気に入ったことなど綴っている。「道」に着目するとは、さすが清張さん、目の付けどころが違う。


ところで、清張さんの引用文に出てきた奈良飛鳥園は、有名な古美術の写真家、小川晴賜※1(姫路出身)が昭和初年に奈良の登大路町に創立し、昭和13年頃(?)まで活動した出版社で、雑誌『仏教美術』全12冊や『東洋美術』25号まで、単行本も天沼俊一『日本建築史要』や「仏教美術叢書」(安藤更正の『三月堂』『美術史上の奈良博物館』他)などの名著をいろいろと出した所である。スタッフには若き日の源豊宗や安藤更正、堀内臨楼などがおり、会津八一や志賀直哉、山内義雄などとも交流があった。
私はこの、奈良には珍しい出版社があったことを近年まで殆んど知らなかったが、その社主、小川晴賜※1の生涯を、少年時代に一時期、飛鳥園で働いていた作家、島村利正が『奈良飛鳥園』(昭55、新潮社)で小説として詳しく描いているのを読み、その出版社のほぼ全体像がつかめたのである。関西出版文化史の貴重な文献でもある。ただ、飛鳥園の出版活動がいつ終焉したかは本書を読んでもはっきりとは分らない。(小川は昭和35年、67歳で飛鳥園にて死去。)

※1 『賜』のへんは「貝」でなく「日」となる。

話が一寸逸れたが、実は私は、幼少時代、伊勢市の母方の伯母の家に二年程、預けられて暮らしたので、その後、小中高校時代も夏休みになると、毎年のように伊勢へ数日、遊びに出かけて行ったものだ。その度に、上六駅(今のように難波発はまだなかった)から、黄と青の明るいツートンカラーの二階付近鉄特急、ビスターカー(これは昭和35年初め頃から登場したようだ)に乗り込むのがワクワクするような楽しみだった。
今回、『嗜好』で勢いを得たので、私としては珍しく、続けて近鉄の宣伝部に電話して『真珠』のことを伺ったところ、このPR誌は昭和27年1月から昭和44年1月の69号まで季刊で発行されていた、と教えていただいた。その後、TVでも「真珠の小箱」が放送されるようになり、しだいに活字による情報の必要性が薄れてきたのだろう。その折、上本町に資料室があり、バックナンバーもそろっているので、必要なら見に来て下さってよい、と言われ、さすがに親切な対応だな、と思った。それを聞いて私は、思いつきのアイデアだが、オールド・近鉄ファンのために近鉄デパートあたりで、『真珠』全バックナンバーや入江氏の掲載写真などの展示会でもやってくれたら、まっ先に駆けつけるのだが、と思った。『真珠』も今後、少しずつでも蒐めてゆきたいPR誌だ。

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