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古書往来
43.PR誌の黄金時代を振り返る
─ 『嗜好』『真珠』から『放送朝日』『エナジー』まで

ところで、この雑誌の経歴だが、幸運にも前述の別冊「明治百年」号の巻末に「年表・酒食明治百年」が4頁にわたって掲載されている。
これによれば、明治18年、横浜で法学士、磯野計が明治屋を創業。明治21年には明治屋が総発売元でキリンビールを発売。明治41年に早くも『嗜好』が創刊されている。大正9年、明治屋がコカ・コーラを初輸入(戦後、アメリカから輸入されたというのは俗説のようだ)。昭和13年頃から用紙制限の不安が起こり、15年、一時廃刊となる。しかし、戦後、昭和30年9月(通刊389号)に『嗜好』は復刊されている。奥付に編集人名は入っていないが、「編集後記」に毎号(山本)とのみ記入されている。大阪弁の後記が多いので、どうやら大阪出身の人らしい。ある号の後記の中に、発行部数は二万部、と出ている。

私は、昨今の不景気を考えると、このPR誌もとっくに休刊したかも、と思ったが、念のためと思い、東京中央区京橋にある明治屋本社広報部に電話して尋ねてみた。すると、驚いたことに、『嗜好』編集室につながり、ヴェテランらしい女性編集者が受け答えして下さったのである。
その現在の編集人、亀澤千恵子さんのお話によれば、『嗜好』は現在も続いており、何と、579号(2006年、6月号)に至っているという。これは各支店で、新号が出来た折、店頭で無料配布しているが、好評ですぐなくなってしまうらしい(岩波のPR誌『図書』に似ている)。関西では京都、神戸店はあるが、大阪店は撤退してしまった。定価も一応200円と付いているので、私は早速、最新号を一冊送ってもらうよう、注文した。その切手同封の注文の手紙に、当方もフリーの編集者であることや古本屋でたまたま『嗜好』の旧号を見つけたことなど添え書きしておいたら、御親切にも最近の号を三冊、送って下さった。今後、新号各に贈呈してくださる由で、まことに有難いはからいである。最近号を見てみると、むろん本文用紙や印刷などは格段によくなっているものの、判型や頁数、内容の構成などは以前と変っていない。

578号の表紙は、竹久夢二の愛らしい洋装の女人像の装画で、中の中央部にも澤田城子さんによる「竹久夢二の画業」があり、六頁にわたって夢二作品の美しいカラー図版が多く載っていて楽しめる。同号には内科医で芥川賞作家の南木佳士氏が自身の手術の痕を癒しに信州の温泉に出かけた折の心象風景を綴った「短い湯治」という心に染み入るエッセイもある。
亀澤氏はまた、私が一寸尋ねておいた<編集後記>の山本氏は、山本千代喜氏という男性で、昭和56年5月、現役のまま80歳で亡くなられた、と手紙で答えて下さった。

「嗜好」578号表紙
「嗜好」578号表紙

こうして私は、また新たに今後も蒐集したいPR誌の存在を知った。
そのしばらく後、東京からの古本目録に『嗜好』3冊程を見つけたので、早速注文した。届いた中の一冊、483号(昭56、8月号)には巻末に、まるでこの原稿のために使ってくれと言わんばかりに、明治屋の磯野謙蔵(会長)、磯野計一(社長)両氏による山本氏への追悼文が収録されていたのである。
お二人の文章によれば、山本氏は大正15年、今の一橋大学を卒業してすぐに明治屋に入社、経理部を経て、昭和5年以来、『嗜好』編集室長として25年間、編集に従事された。その傍ら、氏は内外の資料を蒐めて『明治屋食品辞典』を完成させ、内外にその価値が認められ、何度も版を重ねたという。また、『明治屋七十三年史』(昭34)も氏が独りで作った労作とのこと。他に『食事史』『酒の書物』も龍星閣から出版している。そういえば、後者は古本目録でも時々見かける重厚な本だ。著者は、この山本氏だったのか!と思い到った。
氏は実に綿密で慎重、周到な人で、外柔内剛の性格、表立つこと、目立つことが嫌いで、「編集後記」にもずっと「山本」と記名があるだけだった、とも書かれている。入院後も「自分にはまだ遣り残した仕事があるのだ」と言っておられた由である。ここにも、雑誌編集一筋に生きられた硬骨の編集者がおられたのだ。

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