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古書往来
39.国文学者の小説・随筆を私家版で読む

もう一冊、昨年の大丸の古本展で見つけた58頁の薄い冊子も紹介しよう。(もうしばらくのごしんぼうを・・・)これも緑色の表紙にタイトル文字だけの造本で、雲英(きら)末雄『草の蝶』(1990年、私家版)である。
セロファン袋に入っていたのを、いつもの確認ぐせで、厚かましくも取り出して中の目次を見ると(この作業はいつも後ろめたさと焦りを感じますなあ)、巻頭から「金曜日の古書展」「弘文荘の目録」「わせだの杜に ─ 古書街・図書館の俳書」と古書エッセイが並んでいる。贈呈札が挟まれていて、おそらく関西の親しい国文学者に贈ったものだろう。これはいただき、とすぐ小脇に抱えた。

この人も未知の著者だが、本文の中に経歴を織りこんだ文章も出てきて、それによると、昭和15年、愛知県に生れ、昭和35年、早稲田大第一文学部国文学科に入学、大学院を経て、愛知淑徳短大、大阪女子大に勤め、現在は母校、早稲田大へ戻って教えている先生だ。

あとがきによると、知命(50歳)の歳を迎え、記念に十篇をあつめて一書にしたという。この前に『俳書の話』(書誌学大系60、青裳堂書店)を出している。専攻は近世の俳諧。本書でもそれにまつわる随想が多いが、一方、樹木や草花への関心も深く、表題になった「草の蝶」や「つりがねの花」など、風雅で味わい深い文章が綴られている。

「草の蝶」表紙
「草の蝶」表紙

前者では、冒頭に「いなずまの一粒残る螢哉」「曙やまだ飛出さぬ草の蝶」という元禄の俳人、常牧の二句を挙げ、自分の郷里三河の少年時代のなつかしい思い出をそこに重ねて、他の句も引きながら鑑賞している。後者でも、釣鐘草、ホタルブクロを唱った近世の句を種々挙げながら、自分の庭にも咲き、贔屓にしているこの花をめでている。近代の句では中村草田男の「宵月を螢袋の花で指す」をいい句として紹介している。

「金曜日の古書展」では、芭蕉研究で著名な故・杉浦正一郎氏の、『枕草紙』続編を発見し、そこに「心ときめくもの。恋びとよりのふみ。・・・(中略)・・・古本屋の目録。」とあったというフィクションの文章を引いて、私なら、さらに続けて「金曜日の古書展」とつけ加える、と書き始める。いかにも古本漁りが趣味の国文学者らしい、しゃれた趣向の出だしだ。
そして、金曜の古書会館前の開館10時間近の行列に見かける常連の面々の姿を描き、戸が開くや一勢に入口に殺到するが、自分のような少し太めの体型では、棚の前にせっかく来たのにはじき飛ばされたことが何度かある、などとユーモラスに語る。
「わせだの杜に」は早稲田青空古本祭第一回の目録に書かれたものだが、そこで雲英氏は自分史を語り、北大農学部を受験して失敗し浪人中、ふと読んだ尾崎一雄の早稲田界隈を描いた小説が面白く、早大を受ける気になったというのも興味深い。これも氏のターニングポイントになった本かもしれない。

この尾崎もよく知られているように早稲田の古本屋 ─ 大観堂など ─ とは大へん縁の深い作家だった。雲英氏は学部、大学院を通して12年もの間、穴八幡の裏あたりなどに下宿し、近くの銭湯の行き帰りに、手ぬぐいをぶらさげたりしながら、よく古本屋を見て廻ったという。そして早稲田の古本屋、二朗書房や文献堂などをいろいろと回想している。
後の祭りだが、この一文など、私がかつて編集して出したアンソロジー『古本漁りの魅惑』(東京書籍)に入れたかったなと思う。実は私は、息子の大学が東京の私大で、下宿が早稲田通りにあったので、昔、仕事で出張の折はそこに泊り、高田馬場までの途々、よく古本屋をのぞいていったものである。その一軒で、うず高く積まれた本の山の中から、『関口良雄さんを憶ふ』─ 山王書房店主の追悼集 ─ を掘り出して興奮したことなど、今では懐かしい想い出だ。(あの頃はよかったなあ・・・)

本書も私にとって珠玉のような一冊だが、一般読者の眼に殆んどふれられないのが残念である。それに古本屋に出ても、こんなに薄いと、散逸してしまう恐れがある。私が儲かっている出版社の社長なら、せめてこの本の二倍位の分量に追加してもらって一般向きの本を造るのだが。(古本ファンはきっと買うだろう。)

以上、三冊、拙い紹介だが、少しはその魅力を伝えられただろうか。

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◎ この場を借りて恐縮ですが、この連載をもとに書下しも五篇加えた私の古本エッセイ集『関西古本探検 ─ 知られざる著者・出版社との出会い』が五月初めに右文書院より刊行の予定です。(330頁、2,300円)書店でも入手できますが、もし御入用の方は下記に申込み下されば、送料サービスにてお送り致します。よろしくお願い致します。

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