space

txt

明朝活字は、明治のはじめ活版技術とともに上海から日本に導入され、その後、長く日本人の表現・記録・伝達の中枢を担ってきた。本書は、長年活字研究に携わってきた著者が、前著『明朝活字』刊行後に判明した歴史的事実をはじめ多くの資料を駆使しながら、電子書籍や携帯電話など現代の電子機器における文字に至るまで、日本における活字文化の歴史・発展・現状の全貌を見据えて、ほぼ全面的に書き改めた研究の集大成である。

space

「はじめに」より

活字メディアは資本主義経済(さきにあげた商工業)の進展過程とほぼ並列しながら、それを基盤にして量的拡大をはかるとともに質的向上をみてきたものである。そして活版技術の向上は用紙、インキ、印刷機など科学の総合的な進歩がなければ実現できなかった。そのことも見落としてはならない大切な要素である。 また明朝体が洗練されていくうえで、印刷人の直接的な働きのほかにも、明朝体は歴史的社会的な存在として現在におよんでいることを考えておく必要があるだろう。つまり明朝体は日本語をあらわす代表的な存在であったことから、小説などの文学作品をはじめ、さまざまな言論表現活動が各種の出版物を通じて多くの日本人の眼にさらされてきた。しかもそれは単なる日本人の眼ではなく、日本民族の眼であった。

なぜなら、文字言語はものごとを記録、伝達するとともに、思想や感情をあらわすことから、その言語を用いる民族にとってはかけがえのない関係にあるからである。したがって明朝体が洗練されていくうえで、民族意識あるいは美意識としての時代感覚や民族感情が投影される関係にあったものとみることができる。(中略) ......明朝活字はそのときどきに創造された文学芸術、思想をはじめ、あらゆる分野にわたって表現、記録、伝達する使命をになってきた。それだけに日本語をあらわす象徴的な存在といえる。さらに明朝活字はそこにこめられてきた日本民族のエネルギーといい、その姿かたちからいって民族文化の最高形態のひとつであるといっても過言ではないだろう。(中略)

 さて、昭和の戦争から解放された明朝活字は、戦後の復興、経済の高度成長とあいまって戦後活版の全盛期を迎えることになった。
 他方、写植機は、手動から自動写植機へ進むにしたがい、需要分野をページ物の印字組版へと拡大をはかってきた。しかし、全自動写植機(光学式)を経て昭和五十一年(一九七六)、CTS(コンピュータ・タイプ・システム)ディジセットが西ドイツから輸入されて文字組版は完全にデジタル化された。昭和六十四年(一九八九)には、DTP(デスク・トップ・パブリッシング)がアメリカから導入され、文字組
版の手段はまたも一変した。
 CTS、DTPの方法はひとことでいえば、コンピュータに記憶させてある文字パターン(原字)からデジタル文字に変換、所定の印字組みを作成、これを刷版に定着させ、オフセット方式で印刷する方法である。
 したがって従来の活字は一本も使用されないが、しかし肝心のパターン(原字)は、コンピュータが独自に作製するわけではない。活版印刷でつちかってきた明朝体の伝統を受け継いだ書体が原字に用いられているのである。
 つまり、活版印刷は二十世紀末に終ったが、しかし、印字組版の方法がいかように変化しようと、日本語をあらわす文字言語の魂ともいうべき明朝体の生命である書体は、絶えることなく受け継がれ、生きているのである。

space

【目次】

一 はじめに

二 日本の活版印刷はどのようにして興ったのか

1 近代活版印刷とは何か
2 本木昌造鋳造活字と出逢う
3 本木昌造による活版技術の導入
4 ガンブルが長崎に伝えた活版技術
5 新街活版所の創業から築地活版所へ
6 官営印刷出版の系譜
  1.蕃書調所から印書局の創設/2.印書局の活字販売攻勢
7 一つの画期を迎えた活字の製造販売
8 秀英舎の創業

三 活版印刷の普及を支えた社会的背景

1 木版から活版になった新聞の諸様相
2 活版になった新聞の明朝体
3 「県御用」新聞の発行と活版の普及
4 明治初年の出版事情と翻訳出版
  1.明治初年の翻訳出版とその役割/2.東京大学の英文翻刻出
  版/3.東京師範学校の創立と教育書の翻訳/4.法律書翻訳に
  おける時代の要請/5.「万国史」への渇望
5 教育制度の確立と教科書出版
  1.文部省による教科書の自主選択自由使用のすすめ/2.印刷
  出版活動にあたえた学校教育の影響/3.検定制から教育の中
  央集権化へ
6 木版を陵駕した活版の指標
7 佐久間貞一『印刷雑誌』を創刊

四 活字とは何か

1 和文活字の種類
2 活字書体の種類と特徴
3 活字の字体と書体について
4 書体形成と漢字
5 種字彫刻による書体形成
6 ベントン型彫刻機による母型製作
7 活字の鋳造と組版

五 明朝活字の改刻による発展への苦心

1 明朝活字の源流 上海・美華書館
2 美華書館の明朝活字
3 活字の倍率関係による多彩な表現
4 揺籃期における明朝体の諸様相
  1.本木系初期の明朝体/2.官営印刷の初期明朝体/3.官営
   印刷の分合活字/4.『改正西国立志編』における活字表現
   の苦心
5 美華書館の力を借りて進められた築地活版所の第一次改刻
6 印刷局の第一次改刻と『官報』体制の発足
7 築地活版所の第二次改刻を推し進めた人たちとその成果
8 印刷にあらわれた明治初期の言論規制

六 明朝体の二大潮流とその魅力

1 築地体
  1.築地体の第三次改刻とその成果/2.第五次改刻によって築
  地体完成
2 第三次改刻を経て秀英体完成
3 築地、秀英体にみるその特徴
4 明朝体の生命力とその魅力
5 明朝体に抗しきれなかった清朝体

七 日本近代文学と明朝体のタイポグラフィ

1 近代文学の成立とその影響
2 文学の改革と句読法
3 括弧類の役割とその組版
4 近代文学にみるタイポグラフィの発達

八 和文活字の可読性とその研究成果<

1 日本人の美意識が反映した活字書体
2 可読性研究の系譜
3 近視予防で始まった教科書の可読性

九 築地、秀英体以降の展開

1 新聞が先導したポイント活字
2 築地、秀英体以降の明朝体
  1.大阪活版製造所/2.博文館印刷所から共同印刷へ
3 大正から昭和への移り変り
  1.大正期の築地、秀英体/2.今井直一と三省堂の書体改
  革/3.凸版印刷、文字印刷へ始動/4.精興社タイプ
4 昭和十年代の細型明朝と築地活版所の解散

十 昭和の戦争がもたらした印刷出版界の惨状

1 国家統制下の出版文協と日本出版会
2 印刷文協設立経過に疑念と不安の応酬
3 活字の規格統一と変体活字廃止問題の顛末
4 同業組合機関誌『時報』にあらわれた戦争への道
5 指導層と対照的な同業組合員の声

十一 戦争から解放された明朝活字

1 自由な言論表現活動の出発
2 明朝体の整備を促した国語改革
3 戦後活版の全盛を準備したもの
4 ベントン母型による文字印刷の活気
5 活版全盛を廃絶へ導いた構造改善事業

十二 文字組版のデジタル化と明朝活字

1 文字印刷のデジタル化と活版の終り
2 一九八七年デジタル文字組版の現状
3 コンピュータ組版による年度版出版の現在
  1.岩波書店『広辞苑』/2.有斐閣『六法全書』/3.出版
  ニュース社『出版年鑑』
4 電算写植からDTPの時代へ
5 パナソニック、シャープ新書体の開発
6 デジタル書体改革のために

十三 日本語をあらわす文字言語

資 料 1 漢字出現頻度調査と表外漢字
2 明朝活字書体一覧
年 表
索 引
あとがき

space

【著者略歴】
矢作勝美(やはぎ かつみ)

一九二八年山形県尾花沢市生まれ、日本大学芸術学部卒。日本出版学会常任理事および副会長を歴任。武蔵野美術大学、立教大学、図書館情報大学などで、長く出版・編集関係の講座を担当。主な著書に『伝記と自伝の方法』(出版ニュース社)、『明朝活字』(平凡社)、『有斐閣百年史』(有斐閣)、『活字=表現・記録・伝達する』(出版ニュース社)、『大日本図書百年史』、編著『佐久間貞一全集』(いずれも大日本図書)などがある。

明朝活字の美しさ

明朝活字の美しさ
日本語をあらわす文字言語の歴史
矢作勝美著
定価(税込):17,280円
B4判・上製・344頁・函入り・図版220点超

buybuybuybuy
buybuy

space

▲PageTOP