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古書往来
56.中村隆と『輪』の詩人たち ─ キー・ステーションとしての古本屋、そして金物店

二月中旬、一週間にわたって開かれていた天神さんの古本祭りは、途中、雨や雪にたたられ古本屋さんに気の毒だったが、それでも仕事がヒマな私は仕事場に近いので三度程のぞいてみた。例によってあまり収穫はなかったが、初日に書友、小野原氏と出会いお昼を御一緒した折、厚生書店の均一コーナーに神戸の詩同人誌『輪』がかなり沢山出ていた、と伺い、早速駆けつけた。実はその一ヵ月前に、神戸への所用の帰途、実に久しぶりに思いたって阪神・武庫川で下車し、「街の草」さんに立ち寄った際、店頭に山積みになっている本や雑誌の中から初めてこの雑誌を見つけ、面白そうなので買って帰ったのだ。充実した内容なので今後も探索しようと思っていたところであった。30冊位はある中から、エッセイや書評などが読みたい号を選び、10冊程入手。それでも合計千円位なのだから、よい買い物をしたものだ(全部買っといてもよかったかな、と思わぬでもないが、後の祭りである)。

今回はこの『輪』に集った詩人たちの話をまとまりなく紹介してみよう。私の入手したのは一番旧い号が28号(1969年)で最も新しいのが91号(2001年)である。1969年といえば、たしか私が創元社に入った頃だ。雑誌は枡型で、表紙デザインは一貫しており、薄黄色の表紙に毎号、同人の貝原六一氏(行動美術協会)の動物や西欧の人物を描いた個性的でユーモラスな墨のスケッチ画が添えられている。

「輪」表紙
「輪」表紙

この雑誌の紹介に入る前に、前回の後藤書店の閉店セールで見つけた『歴史と神戸』23号(昭41年8月刊)に載っていた三木康弘「戦後文芸界の20年」で明快に展望された概説に基づき、神戸の詩人グループの戦後の流れをごく簡略に紹介しておこう。

「歴史と神戸」23号、表紙
「歴史と神戸」23号、表紙

まず、昭和21年4月、亜騎保、内海繁、小林武雄、能登秀夫らによって、詩人集団「火の鳥」が結成され、富田砕花、竹中郁、井上靖、池田昌夫、津高和一、広田善緒、米田透、八木猛、中野繁雄、青木重雄(註・『青春と冒険』の著者)らも参加した。(神戸兵庫湊川トンネル東口<註・山側>、ロマン書房(現在パチンコ屋)が事務所)と三木氏は印している。私は以前、『関西古本探検』中に、足立巻一の『親友記』に拠って、このロマン書房やそこから出た中野繁雄の詩集『都会の原野』を紹介したことがあるが、その住所がより具体的に判明したわけだ。この集団から、詩誌『火の鳥』が発行された(四冊まで)。
この中心となった小林武雄氏は戦前、亜騎、広田らとともに『神戸詩人』を発行し「神戸モダニズム」を主導した人だが、戦時中理不尽極まる「神戸詩人事件」で受難。しかし戦後も神戸の若い詩人たちに大きな影響を与えた。小林の指導を受けた中村隆、伊勢田史郎、西本昭太郎、山本博繁らが、22年『クラルテ』(6号迄)『反世代』を出す。さらに、25年には彼らと広田、小林、桑島玄二らが結集し『MENU』が出る(編集・発行人は広田善緒)。

『MENU』は昭和30年に解体し、30年5月に中村、伊勢田、山本、岡見裕輔、各務豊和、灰谷健次郎、海尻巌、赤松徳治らが結成して出したのが『輪』である。三木氏は「『輪』には、のち加わった直原弘道も含む灰谷、赤松ら元共産党員の社会主義リアリズムが作用し、形式主義の桑島らと両極をなしながら、モダニズムからの脱却を意図してみえる。」とこのグループの特徴を簡略に要約しているが、後述するように中村、伊勢田、海尻など、この要約に収まりきれぬもっと普遍的内容を備えた詩作品を書く詩人も含まれている。

「春の容器」表紙
「春の容器」表紙

一方、昭和33年に、亜騎、足立ら戦前から交友のあった文化人たちが集って『天秤』を出し、詩を中心にした幅広い活動を開始する。津高和一(画家)、鳥巣郁美、徳永秀則(作曲家)、静文夫、岡本甚一(板宿、岡本書房主)、桑島、宮崎修二朗らが参加する。39年12月より”天秤パブリックス”双書を刊行し始め、宮崎の『神戸文学史夜話』(これは貴重な著作だ!)、鳥巣『春の容器』(装幀・津高)、津高『美の生理』などを出している。

私が最近「街の草」さんで手に入れた前述の鳥巣の詩集の裏広告によれば、足立や亜騎の詩集など刊行予定書目も八冊挙がっている。発行は天秤発行所(宝塚市)で、亜騎保が発行人になっている。

このうち、静文夫については、最近、神戸の詩人、季村敏夫氏が発行しているリトル・マガジン『瓦版なまず』─ 近年は、神戸の出版史や古本屋史の情報も含む充実した雑誌(※1) ─ 23号の季村氏と安水稔和氏の対談に、静氏の遺稿詩集『天の罠』(1992年、エルテ出版)のことが出てきたので、早速出版社に問合せたところ、すでに出版社に在庫がなく、著者の遺族の方に連絡がゆき、有難いことに子息の山縣英世氏から、お手紙とともにその本を贈っていただいた。

「天の罠」表紙
「天の罠」表紙

本書には安水氏が跋文を寄せているのだ。静氏は戦前のモダニズム詩誌『マダム・ブランシュ』に発表したり、『オペラ』や『風神』を編集発行した詩人で、詩友、三浦照子さんも「自己の世界をかたくなに守った詩人である。」と書いている。ざっと一読しただけだが、言葉の選び方が一語一語厳密に練られていてセンスがよく、私には少々難解だが、モダニズムの香りがぷんぷん匂ってくる作品群である。略歴は具体的には書かれていないが、1929年神戸に生れ、生家が没落して苦労を重ねたが、フランス語を学び、貿易商社に勤めたとある。天秤発行所から、詩集『季節』『旅行者』『彩眠帖』を出している。お手紙によると、終生、神戸の街を愛したが、震災前に神戸を去り、子息のいる東京へ移ったらしい。1991年に亡くなっている。また回り道をしてしまったが、この天秤発行所刊の本も今後探求したいものだ。

※1 例えば、22号では詩人、大西隆志氏が「エディション・カイエと坂本周三」を寄せており、詩人でもあった社主、坂本氏が1984年に神戸市中央区浪速町59番地の神戸旧居留地に位置する神戸朝日会館ビルの二階に「エディション・カイエ」の事務所を開き、最初に黒瀬勝巳の遺稿詩集『白の記憶』を出したことを書いている。(この旧朝日会館はたしか、林哲夫さんが油絵に描いていたと思う。)7年後に東京へ拠点を移したが、2001年に48歳で早逝したことを伝えている。私もこの連載で黒瀬勝巳のことを紹介した折、この出版社に一寸ふれたが、詳細は知らなかった。連載とのことなので続篇を期待している。

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