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古書往来
48.織田作・青山光二らの友情と世界文学社・柴野方彦

前々回の連載で、私は田宮虎彦が森本薫と旧制三高(京都)の同級生で親しくつきあい、戦後、田宮が文明社を経営していた折、森本の『女の一生』を友情から遺作として出したことを紹介した。
その時点では不勉強で知らなかったことだが、同じ三高の同級には青山光二氏もいて田宮とも交友があり、その一年下には織田作之助、白崎礼三、瀬川健一郎、さらに戦後すぐに京都で世界文学社を興した柴野方彦もいて、この青山以下五人は昭和10年、『海風』という同人雑誌を出した仲間であることを最近、ある本に出会って知ることができた。今回はそのあたりから入ってゆきたい。

「懐かしき無頼派」カバー
「懐かしき無頼派」カバー

その本とは、青山氏の『懐かしき無頼派』(平成9年、おうふう)である。一月から神戸元町のおしゃれなブックカフェ「コリノズ」で、親しい書友、O氏が古本を出品している「百窓文庫」を時々のぞきに出かけているが、O氏は文芸本の大へんな蒐集家で、読書家でもあるので、私は知らなかった珍しい本もいろいろ並べている。その上、全体的に値段も安いので、私は喜んで数冊、買って帰った。

例えば、京大の動物学者、故・白上謙一の『ほんの話』(1990年、社会思想社教養文庫)や『わが詩 わが旅 ─ 木下夕爾エッセイ集』(昭60、広島、内外印刷出版部)など初めて見る本で、読むのが楽しみだ。
青山氏の本もそんな中の一冊だった。版元の「おうふう」は近代文学の研究書や評論書を多く出している所という印象が強く、現役の小説家によるエッセイ集も出していたとは知らなかった。これは、例外的に文芸・文壇史の生きた資料として出版したのだろう。

周知の如く、青山氏は1913年、神戸生れで神戸二中、京都三高を経て東大文学部美学美術史学科卒(ちなみに花森安治や杉山平一氏も同学科卒だ!)。高齢にもかかわらず、今も旺盛な執筆活動を続けていて、三年程前、川端康成文学賞を受賞して話題になった。

私は以前、氏の『青春の賭け ─ 小説織田作之助』(昭30、現代社)を古本で見つけ、面白く読んだ位で、あまり氏の小説の熱心な読者ではない。
これは、織田作の最期まで同伴した交友の有様を、織田作の数々の恋愛ともからめてつぶさに描いた実名小説集であり、戦前の大阪や京都、東京の街で二人が果てしない文学談義にふけった溜り場だったいろんな喫茶店も出てきて興味深いものだった。大阪では難波の「仏蘭西屋敷」や「アジア」、東京では本郷の「紫苑」などである。後者では『海風』の仲間や太宰、檀一雄ら『日本浪曼派』の連中も陣取っていた。

「青春の賭け ─ 小説織田作之助」カバー
「青春の賭け ─ 小説織田作之助」カバー

それと、私が『関西古本探検』で青年芸術派叢書について一寸触れた関係で、氏の同叢書の一冊『杏壇』(きょうだん)(昭16、通文閣)という珍しい小説も入手したのだが、これは戦前の滋賀の旧制高校を舞台にした青春小説(?)であまり興味がもてず、殆んど読まないまま積んである。(もったいないことをするなあ……)実は私は織田作の小説も何となく大阪人特有のアクの強い文体という先入観があって、わずかしか読んでいない。

「杏壇」表紙
「杏壇」表紙

それでも、本書の目次をのぞくと、太宰や林芙美子も登場する「ややこしくも懐かしき」(※1)や「虚の華やぎ ─ 戦後・京都の織田作之助」という小説を始めとして、織田作をめぐる人間関係を中心に描いた回想的エッセイが13篇、他に田中英光、吉行淳之介についての3篇が収録されており、文学的交友記には目のない私は早速、読んでみることにした。「あとがき」によると、小説の2篇も殆んど事実そのままを描いたもの、という。各篇、実に面白く一気に読了してしまった。

※1 これは織田作の葬儀の仕上げの席で太宰治が挨拶し、今後の織田作の本の印税は親族の方へすべて行くことを約束し、彼を最後まで看病し、看取った輪島昭子の身のふり方については自分たち作家が引受けると言った。そのため、林芙美子の怒りをこめた予言通り、昭子は芙美子宅へころがり込み、実際にはしばらく彼女の暖かい世話を受ける。太宰はその失言に責任を感じ、芙美子宅に律義におわびに(?)訪問したことが書かれている。人気絶大な二大作家の極少ない面会場面があったことをこれで初めて知った。
なお、輪島昭子が織田の年下の友人だった石浜恒夫と後に結婚したことも私には初耳だった。(知らないこと、多いものです。)なお、青山の聞き書集である『文士風狂録』が昨年、筑摩書房から出たが、そこでも同じエピソードが語られている(実は、立ち読みですが)太宰と芙美子は二回、会っているそうだ。
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