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古書往来
28.大阪、高尾書店の古本目録から

「書林」表紙
「書林」表紙

梅田古書の街で毎月第一週の週末に催される均一本フェアーにたまたま行き合わせ、リーチさんの店頭で見つけたのが、高尾書店が出した戦後第一号の目録「書林」(昭和28)である。すでに現在の梅田桜橋が店の住所になっている。

うれしいのはこの表紙裏に先代の店主、彦四郎氏が書いた「古本屋への道」という随筆が載っていることだ。

これと以前、現店主御兄弟からいただいた「日本古書通信」のインタビューを小冊子にした『古本屋一筋に65年』から、高尾書店の歴史の概略を紹介しよう。

故彦四郎氏は明治29年生まれ、家は代々左官屋だったが、16歳から五年間、東京の叔父宅で過ごし、その間に神保町を足繁く覗いて古本趣味をもつようになる。大阪へ帰り、大正3年、古本屋になり夜店を一年余り出して後、父に二百円借りて弟の兵五郎氏と協力して日本橋にて開業する。

「絶版書目録」
「絶版書目録」

「古本目録」
「古本目録」

大正13年10月、古書目録を創刊、昭和14年まで58冊出し、戦後も昭和63年まで34冊出した。

このうち大正15年6月から11号出した「絶版書目録」は黒い表紙にしゃれた題簽を一冊ずつ貼った凝った造りで、創刊号を出すや一週間で全部掲載本が売れたという。

私は幸運にもこの目録を二冊見つけて大切に持っている。

氏の店は昭和3年、日本橋筋一丁目に移ったが、元の四丁目の店は弟に任せた。兵五郎氏も昭和6年11月、目録を創刊、昭和9年まで9号出したが、偶然私はこの創刊号も架蔵している。

これには当時の著名な古書通、斎藤昌三や南木芳太郎(雑誌『上方』の編集人)、高梨光司らが寄稿し、これまでの高尾兄弟との交流をふり返り、その新たな出発を激励している。兵五郎氏は昭和20年6月の大阪大空襲で惜しくも亡くなった。

私にとって高尾書店の歴史でとくに興味深いのが、「書林」(昭和32)や小冊子でも回想している金尾文淵堂刊、児玉花外『社会主義詩集』(明治36)の行方である。私は前著で、金尾種次郎の人と仕事について割と詳しく書いているからだ。※

昭和18年秋頃、金尾と親しかった古本屋の村瀬老を通して、晩年の金尾がたった一冊秘蔵していた前述の発禁本を高尾氏に買い取ってほしいと頼まれ80円で入手、すぐ大阪の名高い愛書家、青山督太郎氏が珍本と知っていて買い取る。裸本で、二ツ折りのコロタイプの口絵入り、四六判仮綴、80頁位の本だった。製本中に官憲に全部没収され、花外が一冊だけ持っていたのも行方不明になったという幻の稀本である。

だが、青山氏も何かで警察で取調べを受け、蔵書一切を没収される。終戦後一週間してその本を返してもらいに行ったが、全部散逸してないと言われた。しかし、未だに高尾氏はその頃警察に頻繁に出入りしていた某氏の手に渡ったのではないかと疑っているが、まだ存命の人なので名は言えない、と語っている。その後、この本は現れたのだろうか。

高尾書店には戦前、東京からも明治文学通の石川巌や校正の神様、神代種亮等がよく出入りし、神代などは借金に追われ、一週間も氏の家で寝起きしていったという。のんびりした時代を偲ばせるエピソードである。

最後に、古本目録に関連して、大阪の古書店組合の当時の若手メンバーによって書影入りの『大阪個人古書目録年表 ― 明23〜昭50 ―』(非売品)という貴重なB5判冊子が昭和58年に刊行されており、この一文執筆の参考になったことを付言しよう。このような古本目録の歴史の詳細な記録は東京からも出ていない。

※ なお、最近、札幌大学の石塚純一氏によって、『金尾文淵堂をめぐる人びと』(新宿書房)という詳しい本が出された。金尾と著者や装幀画家との密な交流が出版史の広い視野から描かれている。私もいささか蔵書や資料を氏に提供して協力したので、うれしい出版である。

「古書目録」(高尾書店)
「古書目録」(高尾書店)

高尾書店(一丁目・四丁目の店舗写真)
高尾書店(一丁目・四丁目の店舗写真)

(追記)昨年秋の神戸古書会館の出品目録の中に、昭和4年6月発行の高尾書店の古書目録を見つけたので注文したところ、幸いに私の手元に送られてきた。A5判、39頁の堂々たる造りで、表紙には明治5年の大阪書籍会社の店舗の画が使われている。

表紙裏には、一丁目と四丁目の店の写真も掲載されており、大阪古書業界史の資料として貴重であろう。裏表紙には、割と立体的な日本橋を中心とするイラスト地図があり、その頃の千日前の楽天地や日本橋三丁目にあった松坂屋、松竹座、市電の走行などを偲ばせる。

巻頭には斎藤昌三の「新体詩創成期の逸品」なる一文が載っており、主に山田美妙の書目に逸せられた本五冊を、そのうち二冊の書影とともに紹介している。

目録あとがきに当る兵五郎氏による「ひとりごと」には、すでに中井浩水氏、石川巌氏の原稿もいただいているが、次号に回すのをお許しいただきたい旨書かれており、東西の錚々たる文人との交流が密だったことが伺われる。又同頁の、日記から抄出した短い「商用旅行脚」を読むと、半年の間に和歌山、金沢、名古屋、神保町、広島と蒐書の旅に精力的に出かけた様子が分る。

本文初めには、「店頭展観書目及一枚刷目録」(第一回)として、愛書趣味社蔵や各地の愛書家提供の珍しい本が列挙されていて、中に白秋の『わすれな草』、朔太郎の『月に吠える』萩原恭次郎『死刑宣告』なども含まれている。
これだけ豊富な情報がつまった目録も数少なく、私は今後も高尾書店の目録をもっと蒐めたいものだと思った。こうした古書目録を沢山蒐めて通覧できれば、大阪の古本屋の歴史の断面が浮び上がってくるにちがいない。


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