22.「愚や愚や汝をいかんせん」

羹(あつもの)にこりて膾(なます)を吹く愚
クレーマー対策を声高に唱える愚
万に一度の事故に備える愚
電子レンジに猫を入れて乾かさないよう注意書きをする愚
ガイドライン作りに追われて、火急の対応を後回しにする愚
例外規定を作り続けて、もとの法律が無用になる愚
ふられる辛さを慮(おもんぱか)って、愛することをやめる愚
どうせ死ぬのだからと、生きるのをやめる愚
ありとあらゆる可能性を、慮る愚
石橋を叩いて叩いて叩き割る愚
愚、愚、愚〜


タイトルの由来は漢の太祖となる劉邦(りゅうほう)と争った項羽(こうう)が、四面楚歌の状況の中で愛人の虞姫(ぐき)の行く末を想って詠った「虞や虞や汝をいかんせん」という文句。国が危機にひんし、自らの身が危ないのに、なお愛する人の行く末を心配する……愛の深さ、永遠性を謳うとも、馬鹿な国王の錯乱を嗤(わら)うとも言えるこの文句だが、語感からか虞美人草の語源ともなった虞姫へのこの呼びかけを、後者の意でとって「愚や愚や……」と記憶している人も多いのではないだろうか。それが証拠に、「愚や愚や……」でググッてみると2500件もヒットした。同じような発想の人はいるものだ……。

それにしても、昨今の我々は本当に忙しい。何に忙しいかと言うと、予言だの予知だの危機対応に忙しい。今、目の前にある危機に対応しなければ、と日々戦々恐々としている。そういえば、日銀総裁が決まらなければ大変なことになるとか、ガソリン税が認められなければ大変なことになるとか、そういう政府や首相のデマゴギーが所詮デマでしかなかったことは記憶に新しい。一体我々は何におびえているのだろう……。

死の恐怖におびえていた頃、僕は虫がすごいと思っていた。ザリガニもすごいと思っていた。犬とかネコは、ケガをしたり病気だと苦しそうだったりするが、ゴキブリもザリガニも、手足をもいでも痛そうにしないし、もいだ手足を置き去りにしてそのまま逃げ出そうとする。一瞬後に死が待っていることなどお構いなしに、蚊は血を吸っているし、蟻は足元でエサを運んでいる。冗談でもなんでもなく、虫や魚みたいになりたいと心底思っていた。明日の不安におびえないで生きたいと思っていた。実は今も思っている。そうして今も、虫やザリガニはすごいと思っている。

僕も皆も恐れていること、いてもたってもいられないくらいおびえていること、読めない明日への不安、未知の出来事への不安、生きていくことの不安……結局、しょせん、とどのつまり、死への不安……なあんだ、やっぱり臨床心理学は、いるじゃないか……。