
私と西洋史研究
川北稔著
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図書新聞 2010年6月5日
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生きた史学史を語り下ろす
人文学の沈滞がいわれて幾久しい。理由は、実利優先や新自由主義の価値観による人文学の切捨て、国立大学の独立行政法人化といった制度的な変化だけによるものではない。歴史的に形作られてきた人文学のディシプリンが再審にさらされ、中身が空洞化していることも一因だろう。
社会経済史にもとづくイギリス帝国史研究をはじめ、ジェントルマン資本主義や近代世界システム、イギリス生活史の研究で知られる川北稔氏が、みずからの研究史を語り下ろしたのが本書である。その冒頭で川北氏は、人文学の沈滞について、問題の核心は新たな状況に対応できていない歴史学、あるいはひろく人文学そのものの側にもあると指摘する。本書の内容は歴史学、人文学の魅力を語るものである。一歴史学者の歩みをとおして、歴史研究の生きた史学史を語る。人文学の再生へ向けた種子がまかれている。
ナショナリズムは歴史学を必要とする-川北氏はそう述べる。国家統一をめざした一九世紀ドイツ人たちが、ランゲ以下の「ドイツ正統史学」を必要としたのと同じである、と。彼はゴールドスミス.ライブラリーでの経験をもとに、一九七〇年代初頭のこの場所が、アフリカの歴史家たちの活気に満ちていたことを回想する。歴史学の高揚は、部族対立を解消して国民国家への統合をはたそうとするアフリカ民族主義者たちの動きと密接に結びついていた。それは、日本に「真の近代化」をもたらさなければならない、と信じた戦後歴史学や政治学の研究者たちの高揚とも通底していた。
川北氏の研究者としての歩みは、近代化論として大きな影響力をもった「大塚史学」の行き詰まりと重なっていた。マルクス主義や市民革命論も時代にそぐわなくなるなかで、彼は「再検討派」と見られたりした。彼は計量経済史への関心などに基づいて、「帝国とジェントルマン」というシェーマで研究を進め、数々の研究を世に問うた。
そんな川北氏から見て、近年の歴史学の変化はどう見えるか。たとえば二〇世紀の終わりに、彼は「岩波講座世界歴史」の編修に携わった。そこでは、結局は通史が書けなかったという。この頃にはもう、日本史でも通史が書けなくなっていて、日本史の「講座」のトピックス形式をならった。こうした変化のなかで、概説や通史を意識しない研究者が生まれてくるのではないか、歴史がストーリーとして流れず、退化しているのではないかと彼はいう。
歴史学界をにぎわした言語論的転回についても、掘り返すべき震史事実そのものがなく、ますます専門家内の議論に閉塞していく危惧を、川北氏は表明している。だが、歴史家の役割は過去の事実を明らかにすることであり、それを平易に、一般にもわかりやすいものにする使命があると彼はいう。
なぜ日本人が西洋史に取り組むのか、西洋史学の意義などにも話は及ぶ。とりわ京都大学、大阪大学を中心とする関西の歴史学研究の人的系譜などを中心に話はすすんでいく。歴史学研究の歴史に関心をもつ読者には興味深いテーマがちりばめられている。
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