
心理療法とシャーマニズム
井上亮 著
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臨床心理学 第7巻第2号
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本書は井上亮氏(1947-2002)の論文を集めて編まれた遺稿集である。巻頭の加藤清と江口一久両氏による著者の人柄を生き生きと描いた追悼の辞は、哀惜の念に溢れる名文である。
本書は三部構成で、I部は地球探訪とされ、シッキムやインドをはじめとする短い旅行記が集められている。第II部は専門論文で、描画から統合失調症者の
「風景」を論じたもの、あるいは自閉症や、青年期離人症を論じながら心理療法やケアの淵源に遡ろうとした論考が収められている。そして第III部は心理療
法とシャーマニズム関連の論文であり、やはり圧巻は本書のおよそ半分の分量に相当し、タイトルにもなっているこの部分である。
著者は、1989年から翌年にかけての1年間、西アフリカのカメルーンにおもむき、現地の呪術医とされる人々に接触。その実態を調査し、それにあきたらず
弟子入りして修行に入ろうとしている。その際の経験を織り込んだ4編、「夢見を用いた通過儀礼の過程 ──
アダマワ地方における呪医の方法」、「治療者としてのイニシエーションと宗教的なイニシエーション」、「シャーマニズムと癒し」、そして「事例研究・呪術
医へのイニシエーション過程 ──
臨床心理学的考察」は、著者以外の誰も書くことのできない独壇場であり、すべての心理療法家に読むことを薦めたいディープな論文である。
著者は結局130名の現地の呪術医に出会って調査し、それらをドゥギ、ボーカ、召命型の一般呪医、モディボの4種類に分けて説明する。各治療者は精神障害
を含む病い全般の治療にたずさわるが、それは病者に取り憑く精霊(当地では「ギンナージ」と呼ばれる)と、折衝したり駆除したりする複雑な技法を駆使して
行われるのである。このギンナージ自体家族のような集団をなし、まれに良いこともするが多くは人々に病いや災厄をもたらすものとされる。
著者は5名の呪医を選んで治療者になるイニシエーションを受ける。独特な夢見の課題を与えられ、恐怖を克服し、8つの段階を経てギンナージの世界の扉を押
し開いていくのである。そしてある日、著者が自分の将来を彼の地の呪術医に占ってもらうと、彼らは口をそろえて、カメルーン滞在中は何も問題はないが日本
に帰ったらすぐに死ぬだろう、というのである。現地の親しい通訳にこれに対する防御法を尋ねると、細かく肌を切開し薬を塗り込んだ自らの瘢痕化した皮膚を
示されている。こうして著者は土着の「信念」とされる問題では片づかない彼の地のリアルな世界に入っていくことになる。このあたりの描写は学術論文の枠を
遥かに超えてスリリングであり、文字どおりの民族誌的転回点が描き込まれている。読者は、中東からアフリカ全土にかけてさまざまな変種がある「ジン」や、
このギンナージの力や深さをしみじみと考えさせられることになるだろう。
こうして一人の心理療法家の軌跡をたどると、(多くの場合空語に過ぎない)「入魂の」とか「渾身の」とかいう形容詞が本当に相応しいフィールドワークがあ
ることに打たれ、それが眼前に浮かび上がる思いがする。文化やシャーマニズムに関心のある読者はもちろん、すべての心理療法家にぜひ読んでいただきたい一
冊である。
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