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夜の記憶
澤田愛子 著

  • 読売新聞 05年6月19日
  • ホロコーストという、人類史に残る負の歴史が刻まれたポーランドのアウシュビッツ収容所。9年前にこの地に立った時、感動した。「感動というのも変ですが、全く罪のない人たちがユダヤ人だというだけで徹底的に卑しめられ、殺されていったこの地には、何か絶対の真理が宿っていると思ったのです」
    そこには<現場が秘めた記憶>があった。人間が物扱いされたランプ(集荷場)と呼ばれる列車のホーム。ガス室の残がい。染みこんだ人々の血や涙が、知識として学ぶのとは全く別の真理があることを、強く叫んでいた。
    以来、アウシュビッツだけでなく、ヨーロッパ各地の収容所跡を訪ね、<記憶>に耳を傾けるようになった。その過程で思いを強めたのが、「ホロコースト・サバイバー(生還者)に会って体験を聞きたい」。イスラエルへ飛んでサバイバーにインタビューし、今回12人の証言をまとめた。日本人の聞き取りによる証言集は初めてという。
    フランクル『夜と霧』が有名なように、生還者は至る所でホロコースト体験を語っているように見える。だが実際は違う。「今なお多くの生き残りが自分の体験を語れないのです。あの悲惨を味わわせたくないことや、話すと感情が当時に戻ってしまうために、自分の子供にさえ口をつぐんでしまう。子供も遠慮して聞けず、沈黙が生まれているのです」。それでも証言者たちは、歴史を忘却させてはならないという強い使命感のために、口を開いてくれた。
    もともとは生命倫理の研究者。終末期医療や臓器移植問題に取り組み、現在は山梨大学で教える。ホロコーストを調べるうちに分かったのが、実は生命倫理という学問は、アウシュビッツのガス室から生まれたという事実だった。「現代の出生前診断による障害児の中絶は、ナチの選別とどれだけ違うのでしょうか」。生きるに値しない命があると考え、人間を材料化する思想は、形を変えて生き続けているではないか。あの<記憶>は、全く現在形の叫びでもあると確信している。
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