モダン道頓堀探検
橋爪節也編著
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産経新聞 05年9月26日
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木下直之氏評(東京大学教授)
のんびりと町並みを紹介
副題の「大大阪」は誤植ではない。大正十四年の市域拡大で東京を抜いて日本一となった大阪は、自ら「大」を称した。そんな上り調子の大阪から生まれた謎の雑誌「道頓堀」(大正八年創刊)、その一冊をふと古書市で手に入れたことからこの「探検」は始まる。
本文の上に横長の、編者にいわせると「なにやらごちゃごちゃした絵」があった。拡大コピーして驚いた。道頓堀と宗右衛門町の町並みのイラストが絵巻物のようにびっしりつづいていたからだ。行き交うたくさんのひとびとの姿からは、盛り場の喧噪が聞こえてくるようだ。いや、彼らの話し声や足音、呼び込みや唄や音楽は、本書を読み進むうちに、次第に耳に鳴り響くというべきだろう。
さっそく五人の探検隊が組まれた。今の松竹座がある辺りから、まだ松竹座が影もかたちもない大正時代の道頓堀を、彼らが一軒一軒案内するという趣向だ。
もともと芝居が五座もあった町である。飲食店と装身具屋が目につく。いまなお続く老舗があれば、その主人が現れて昔話を聞かせてくれる。読者はついて歩くだけでよい。
その歩みがなんとものろい。何しろ、横町があれば足を踏み入れ(あの法善寺横町があるのだから)、「コーヒ」の看板があれば、なんで大阪は「コーヒー」ではないのかとまた一席ぶって、日の字、田の字を書くように「道ブラ」を楽しむから(そんな歩き方ができるゆえに「銀ブラ」よりも優れているという)、西から東へ進んで堺筋に出るまでの五百メートルに、七十三話もかかっている。それから今度は浜側の店を覗きながら戎橋へと戻る全百二十話。
誰が編集し、誰がイラストを描いたかという雑誌の謎も、「道ブラ」を続けるうちに判ってきた。そこには、ビアズレーの掛かるカフェ「キャバレー・ヅ・パノン」に入り浸った面々が深くかかわっていたらしい。
古きよき大阪を彷徨うために、宗右衛門町編の続刊を待ち望む。
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