28.「デジャヴ(既視感)」

あれ、誰だっけかなあ……
確かに見覚えあるんだけどなあ……
有名人だっけかなあ……
でもなんだか懐かしい思いもあるから、
高校時代の校長先生かなあ……
中学の担任だっけかなあ……
その割に貫禄あるから、テレビで見た政治家かなあ……
でもそんな人が喫茶店で一人でコーヒー飲んでる訳ないしなあ……
雑誌で見た財界人かなあ……
知り合いの大学教授かなあ……
ええい、分かんないから声掛けようか……
でも相手を忘れてるのに声掛けるのも失礼だし、
勘違いだったら恥ずかしいしなあ……
ホント、誰だっけかなあ……

デジャヴというのは知っているような気がするけど、思い出せない。だけど確かに知っているような気がする……だけに厄介なものである。

昔、大学院時代に初めて海外旅行でハワイに行った時のことである。日本人で賑わう大通りで、見覚えのある顔を見つけて、初めての海外旅行先でもあったので、思わず大きな声で「オッス! 久し振り!!」と声を掛けたことがある。ところがそれが誰だったか思い出せない。相手も「おう……」と自信なさ気ながら応えてくれるし、確かにお互い知り合いのはずなのだが、はて誰だったろう……と考えに考えて、やっと思い至った。その半年前に巨人軍に入団すべく、ハワイでドラフト浪人を決めたとテレビや新聞紙上を賑わしていた、元木大輔選手その人だったのである! 当然私はテレビで先方を知っているが、彼が私を知っているはずはない。ただ、私があまりにも親しげに声を掛けたので、高校時代の先輩だとか、何かそんな身近な人だと、彼も勘違いして応えたのだろう。

 まあそんなこともあって、彼の現役時代はずっと僕は元木ファンの一人ではあったのだが、よくよく考えるとこんな恥ずかしいことはない。単なる錯誤行為(注)ではあるが、それとてフロイトに言わせれば有名人と知り合いになりたいという、無意識的願望がなせる技(わざ)ということになってしまう。臨床心理学者としては、しっかり自己分析しておく必要がある。いやあ、まあいっか……誰に迷惑かけるわけでなし……。

という訳で、私は昔、元木選手にハワイで親しげに返事をして貰った体験を、笑い話兼自慢話の一つとして、大切に胸に抱いているのである。

ちょっとした言い違い、聞き違い、読み違い、度忘れなどを言うが、フロイトはこうした行為の背後に、無意識的な欲求が潜んでいると看破した。