近代建築のシルエットとディテール[前編]
中之島・北船場を歩く
大阪ガスビル―新しい時代への変化を志向した、文化の殿堂
御堂筋に面して堂々と建つ大阪ガスビル。「大阪では、府立中之島図書館や大阪市中央公会堂に次いで、有名な近代建築で、昭和初期のモダニズムの到達点でもあります」と言い切って、酒井さんは眩しげにビルを見上げた。モダニズムという言葉は、どう定義して考えたらいいのだろう。酒井さんによると、鉄やガラス、コンクリートなどの工業製品を使って合理的・機能的に、目的にかなって設計したものをいい、広くとらえると、西洋の様式的な建築から合理主義的な建築への「変化を志向する」ものだという。
「ガスビルも、新しい時代に対応するため、鉄やコンクリート、ガラスを用い、タイルも抽象的な白いものを選んでいます。ただ、合理的な側面で語れない美学も感じます。まず、南東隅の曲面が特徴的です。このアールは設計者が悩みぬいた末に決めた形でしょう。そして、1階から2階にかけて使われた黒御影石。当時黒は、葬儀を連想する色だと嫌われたといわれていますが、あえて使っており、非常に材料の質感がいいですね。外装に使われている正方形の四角いタイルは、庇(ひさし)の裏側までびっしりと貼られており、どこかなまめかしささえ感じます。3階から7階は縦長の窓が続きますが、8階だけは横長の連続窓です」。洋式建築の考え方では、低層・中層・上層と建物のファサードを3層に分けるとうまくいくことが多く、モダニズムの建物でクラシックな三層構成を確信犯的に使っている例だという。
「各階に庇を設けてありますが、日射や雨を遮ります。入り口扉の手前の地面に舗道窓がつけられていますが、生駒ビルヂングや昔の三越大阪店にも使われており、地下室の採光になっています。意匠面でも機能面でも質の高いものをつくろうとした、安井の到達点がここにあります」と、酒井さんはひとつひとつ解説をする。
私はほとんど毎日このビルに通っているのだが、細部の意味がわかると、モダニズム建築としての価値を新鮮な感覚で再認識させられる。
1933年(昭和8)に竣工したのは、現在の南半分。ガスがもたらす都市生活や文化の提案を行い、ショールームでの展示やホールでの映画・演芸会などは話題にのぼり、文化の殿堂として注目された。北館は、後年、安井武雄建築事務所(安井建築設計事務所)を継いだ、佐野正一氏によって、1966年(昭和41)に増築された。当初から営業している8階のガスビル食堂は、2001年のリニューアルで、創業時の空間やメニューを再現し、今日のお客さんに大変喜ばれている。
このビルの工事は、御堂筋や地下鉄の開通工事とともに進められ、大阪の中心軸が大きく変わろうとする時に竣工した。大阪ガスビルに象徴されるように、近代建築の多くが、まさに大大阪と呼ばれた都市発展の時代に建てられている。
「当時は、歴史的な景観を破壊するものだったかもしれません。しかし何十年もたった今日では、歴史的な存在となっています。昭和初期の市民や建築家も、今と同様、古い建築物を大切と思い、新しく建物をつくるのだから、まちの財産となるようなものにしたいという意識があったのではないでしょうか。それが今日の人々をひきつける一因となっていると思います」と、酒井さんは微笑んだ。
後編につづく>>>〔カリスマのプロフィール〕
酒井一光(さかい・かずみつ)
1968年東京都生まれ。東京理科大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程中途退学。
大阪歴史博物館学芸員。主に大阪の歴史的建造物に関する調査・研究を行う。特別展『煉瓦のまち タイルのまち』などを担当。
著書『窓から読みとく近代建築』(学芸出版社)、共著『大阪の近代建築と企業文化』(ブレーンセンター)、『大阪のひきだし――都市再生フィールドノート』(鹿島出版社)、『大大阪モダン建築』(青幻舎)など。