文・栗本智代、写真・小谷 光

【著者プロフィール】
栗本智代(くりもと・ともよ)
1965年吹田市生まれ。大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所主席研究員。奈良女子大学卒業後、大阪ガスに入社。1991年より現職。大阪の活性化の一環で、都市の個性や魅力を、歴史や文化的側面から探求。「なにわの語り部」公演活動も展開する。著書『大阪まちブランド探訪』(創元社)、『大阪水の都に浮かぶ劇場』(KBI出版)など。
創元社
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東横堀川界隈

大阪最古の城下町で、新旧の本物に出会う

 大阪市では最古の堀川、東横堀川。大阪城の築城の際、外濠として1585年(天正13)に掘られた。キタの土佐堀川から分流してミナミの道頓堀まで、南北に2.2キロを結び、14の橋がかかる。
 大阪で最も古い城下町であるこの界隈の活性化を目指し、まちづくり活動を先導しているのが杉本容子さんである。人なつこい笑顔が印象的な杉本さんに「まずはクルーズを楽しんでください」と誘われ、八軒家浜船着場で、10人乗りの小型客船「浪切天神1号」に乗り込んだ。

神殿を思わせる水の回廊―橋のミュージアム劇場を堪能する


 大川の流れにのって西へ、中之島公園の剣先を見送りながら、天神橋をくぐり土佐堀川へ入る。分流を左折すると、東横堀川である。
「葭屋橋」が入場ゲートの役割を担う。阪神高速道路1号線が覆いかぶさるため、開放的な雰囲気がなくなるのが残念だ。が、逆に暑い時期には心地よい影をつくる。道路を支える太い円柱が両岸近くに規則的に現れ、独特な半屋外空間があたかも神殿のようにも思える。
「橋の上に、マルやシカクの形をした絵図がありますが、何だと思いますか? 実は、船の標識なんです。船は右側通行なんですよ」と言う杉本さんは、数年前、船の運転免許を取得した。「教習所では、漁業に携わるような男性がほとんどで、若い女性は私ひとりでした」。免許を取ろうと思ったきっかけは?「船に乗る人は水上のことに詳しいけれど、陸のことをよく知らない。船に乗らない人は、その逆。だから、水陸、両方の視点を持ちたかったんです」。水上ツアーの案内役・付き人としても、船着場への船の発着やお客様の安全確保の点で、知識が役に立つようだ。

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 東横堀川は現在、公園・川・高速道路と分かれているが、もとはこのすべてが川幅だったという。空が広く、大きくゆったり流れていた昔の東横堀川を思い浮かべる。
 クルージングは、風が心地よく、街の様子がいつもと違って見える。見上げる橋の眺めはなおさらだ。「今橋は、江戸時代に架かったんですが、その時、"今"できたから"今橋"と名づけられました。今宮なども同様です」。進行方向には、橋のアーチがいくつも待ち構えている。
 歴史的要衝として有名な「高麗橋」。船から見上げると、この石橋はより風格を感じさせ、橋の"美"を再認識する。と、船は急にスピードを緩めた。行く手を遮る青い塀のようなものはいったい・・・・・・?
「水門ですね。右手の上の赤信号は、車道と同じで"止まれ"の意味です。水門は、使うのに許可は要りませんが、3日前までに水門事務所に申請書を出し予約しなくてはなりません」と、杉本さんが説明する。
 東横堀川水門は、水位の差を調節し、船を運航させる役割を担う。さらに、東横堀川と道頓堀川の水質浄化のため、水質のいい大川からより多くの水が流れ込むよう調整している。高潮対策の目的もあるという。2001年3月に現在の水門が完成し、道頓堀川水門と対になって機能している。
 知恵と技術を結集して出来たんだなぁ、なるほど、と思って聞いていると、後方に水が噴出してきた。「この噴水は"みをつくし"の形になるように工夫されているんです」。言われてみれば、そう見えるような・・・・・・。「間もなく下からもう一つの水門が上がってきます。水門が上がる途中で上を船が通ると船底をすって危険なので、噴水が出ているんです」と巧みなガイドが楽しく、"水門待ち"の時間もあっという間だった。ようやく、前方の水門は観音開きとなって船を招き入れる。

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