東横堀川界隈
大阪最古の城下町で、新旧の本物に出会う
渋谷利兵衛商店-鰹節と結納の老舗 高麗橋の西詰に、渋谷利兵衛商店がある。1724年(享保9)創業。現在の店主、9代目の渋谷善雄さんが「ようこそ」と、接客の合間に店の歩みを話してくれた。「もとは、奈良の大宇陀で布関係を扱い、次は、鰹節屋として、高麗橋西詰西へ入る、つまり今の場所へ移ってきたと聞いています」。
店頭に1881年(明治14)頃の店先の様子が描かれた絵図が飾ってある。鰹節といっしょに、"鰒(あわび)のし"もあつかっていた。「鰒のかつら干しですね。それらをのしたものを"のし"と言っていました。食べ物として売っていたのかもしれません。当時は、庶民の間ではまだ、結納という儀式がなく、庶民の文化の中で、めでたい食べ物という位置づけになっていたのかもしれませんね」と説明する渋谷さん、話し方も上品で、どこか"公家"のような雰囲気を感じる。昔のことは資料がなく、聞き伝えだという。
「7代目がブライダル産業をつくったんです。結婚式は仏前が多かったのですが、昭和初期頃だったか、当時大阪ではじめての洋風ホテルであった"大阪ホテル"に、御霊神社の神主さんとうちの7代目とで、結婚式に必要なものを運び込んで、神前結婚式を行いました。当時「甲子園ホテル」まで、用具一式を載せたリヤカーを押して運んだこともあるんですよ」。花嫁学校や結婚式場も営んでいた。結納屋は、特に戦前は、ほとんど独占企業で他にはなかったそうだ。
店舗は、阪神大震災までは木造の、昔ながらの商店としての建物であった。「小さい頃は、このあたりは瓦屋根が並んでいたけど、周辺がだんだん洋館になって、私のところも、震災後、耐震規制のため建て替えざるをえなかったんやねえ」と懐かしそうに、木造の店構えの写真に目をやる渋谷さん。



現在は、水引による結納用品を中心に制作している。店内は、色鮮やかな松竹梅や鶴亀がずらり。美術工芸品の美術館のようで、見ていて飽きない。「船場の人は、結納品は渋谷さんで、というステイタスがあるようです」と杉本さんが話す。
水引の結び方について、「渋谷流」がある。
よくよく見ると、結び目の上下が逆で、昔からこの結び方だそうだ。
奥の間には、掛け軸に、高麗橋の鉄橋の絵が。くろがね橋の頃のまちの様子が見て取れる。「橋の電燈上部の飾りの実物が、ここにあるんです」と聞いて見て驚いた。蔵の中から出てきたそうだ。実際触るとかなり重かった。
水引制作の体験が面白い。まち歩きコースのお客様が楽しめるようにと、渋谷さんが考案したもので、3本ずつ束ねてある水引を組んでいくと、キーホルダーになる。「順番に近いところから折って、くぐらすだけです」と杉本さんに最初は手伝ってもらうが、要領がわかれば、10分ほどででき上がった。何ともかわいい! 華やかな自作の土産は珍しく、家族に見せびらかす愉しみもできた。


本物が集まる、スローな街「東横堀川水辺再生協議会」通称「e―よこ会」は、水の回廊の一つである東横堀川界隈の活性化の一環で、大阪商工会議所と地元の住民、商店、企業関係者などで2006年から活動している。立ち上げ当初、杉本さんは、シンクタンクの所員として、界隈の魅力向上策の立案を依頼され、一緒に活動を進めた。
まずは、毎月14日を「イイヨコの日」とし、橋や公園の掃除を実施。フラワーポットも設置管理し、川辺のイベントも企画した。川を挟んだ東西の地域はあまり交流がなかったが、活動を通してつながっていったという。講演会や記念コンサート、地元小学生向けの講座、船上から花見を楽しむクルーズ、まち歩きコースも手探りで開発し、今ではプログラムも多彩に、開催頻度も増えてきた。
杉本さんは、この界隈をよく知らなかった。「最初は正直、こんな場所が、他地域から来た人に楽しめるようになるのだろうかと思いました」。しかし実際に人に会ったり調べたりするたび、貴重なお宝やエピソードに出会って、興味が倍増してきたという。「地元に長い住民の方々、老舗の人も社長さんも、優しく温かく接してくださるのが嬉しい。高速の高架下で一見アングラな雰囲気ですが、新しくオープンする店は、自信があるからこそ、この街を選ぶようです。だから、本物が集まってくる。街を知れば知るほど、東横堀川界隈が私の新たな故郷になってきました。それで、自分が愛する街を多くの人に好きになってほしいと思って、ガイドやまちづくり活動をしています」と、瞳を輝かせて語る。杉本さんが街の案内をする時、いつも楽しそうにニコニコしている理由がようやくわかった。
「船着場は悲願でした。東横堀川には、船着場がまったくなかったんです。いずれ本格的な常設の船着場にしてほしい。また川沿いから、堤防が邪魔して水辺があまり見えないので、もっと親水性のある公園にすることもあわせて、水辺整備の関係部署に働きかけたい」。
今回、杉本さんとのまち歩きでこの界隈の印象が随分変わった。かなり前だが、中之島から道頓堀まで、歌舞伎役者の船乗り込みに便乗したことがある。東京からきた憧れの歌舞伎役者がせっかく通るのに、東横堀川を下る時、雰囲気も暗く、たいした見所がないので本当に情けなく残念に思った。しかし今では、独特の味わいが感じられ、何度も訪れたいと思うほどになったのは、予想外であった。
古い歴史の上に新しい文化が加わっているエリアである。美しいアーチを描く橋々はまちの語り部。水辺は、独特の落ち着いた色合いで、水門は時の流れを緩やかにする。昔ながらの地形が歴史をひもとかせる。マイペースだが確かなものづくりやサービスを提供する店、代々受け継がれた技を継承する老舗には、根強いファンが通い、この界隈に愛着を持って活動している人たちがいる。
スローな心地よさがある街。歴史の足跡をひとつひとつ確かめながら、東横堀川界隈にしかない空気感を味わいたい。
〔参考文献〕
松村博『大阪の橋』松籟社
「大阪人」2008年11月号(特集:東横堀川)
〔カリスマのプロフィール〕
杉本容子(すぎもと・ようこ)
1975年神奈川県生まれ。大阪大学大学院工学研究科環境工学専攻博士前期課程修了。工学博士。
東横堀川水辺再生協議会幹事。(株)ダン計画研究所研究主査。大阪府府民文化部都市魅力創造局都市魅力課特任主査。
まちづくりコンサルタントとして大阪の水辺再生や歴史的街なみづくりに関わるかたわら、アフターエイトに大阪のまちをおもしろくするNPO活動に積極的に参加。2009年に新設された大阪府都市魅力創造局にて、民間からの特別任用により、都市魅力を創造する施策の企画調整を担当。